経営者にありがちなワナビー思考について

2016.05.31

会社というものを経営しだして早5年。

社長をやると社長の知人が増えるというのは自然の摂理ですが、多くの社長に共通して発見される性質が「ワナビー思考」(wannabe thinking)というものです。

社長のワナビーが社員を悩ませるのですが、どうしてこのワナビーが生まれるのか、考えてみたくなりました。

社長という生き物は「ああなったらいいよね」「こうなったらいいよね」というワナビーな夢を語るのが上手な方が多いです。夢は欠かせません。夢があるから仲間は増えるし会社は大きくなるものです。

しかしまあ、現場では、社長の「ああなったらいいよね!じゃあ、やり方は任せるから、やっといて!」と壮大な夢物語に振り回されて、「どうやったらいいんだよ。実現できねえよ。」「予算も人手も足りないよ。工夫しろっていうけど、言うのは簡単なんだよ」「また予定変更かよ。なんてことだ。終電で帰れねえ」「有給貯まっているのに取れないよ。社長はハワイ旅行だというのに!」と悲痛な叫びが聞こえる会社も散見されます。

実際、私もかつてはスーパー社畜としてワナビーに振り回される日々を過ごしておりました。ワナビーが過ぎると会社が大混乱して、社員は疲弊するし、事業は伸びないし、困ったものだと思ったものでした。実現できるプランにまで落とし込もうよと、思ったものでした。

社長のワナビーを実現する仕事をしてきたのち、独立した私は「ワナビーの言いっぱなしはよくない!きちんとケツ持てる人間になろう!」と思いました。文系だった私が、プログラミングを独学してアプリを開発したのも、「作りたい」という気持ちが一番の原動力とはいえ、心のどこかでワナビーを忌避していたからかもしれません。

だからこそ、エンジニアやデザイナーが少なからずワナビー経営者を嫌う気持ちはよく分かります。自分じゃできないことを人に押し付けるのはやはり無責任です。高い目標に向けてストレッチするのはありだけれども、それを名目に自分が楽しようというのは、やはりいかんわけです。プロと一緒に何かを作り上げるのはいいことですが、プロに頼る経営者こそ、プロだけでは考えつかない発想や、プロだけでは実現出来ない行動力など、何か特殊なアビリティを「持っている」べきなのではないかと思うのは、作り手からすれば、至極当然なのです。

そんな風に思っていた私ですが、いろんな会社を観察してきて、成長している会社というのは必ず社長がワナビーさんです。何もやらない社長と実務肌のナンバーツーという経営タッグはあっても、実務肌の社長と何もやらない(ワナビーな)ナンバーツーという経営タッグは、記憶の限りありませんでした。事業の大前提として「ああなったらいいよね」「こうなったらいいよね」がないと、何も始まらないという現実を私は思い知らされました。「お金を愛せないとお金は稼げない」という命題があるのと同様に「ワナビーを愛せないとワナビーは実現できない」のです。そして、ワナビーは借り物であってはいけない--これすなわち、借り物のワナビーは他社の模倣でしかないので、それではなかなか会社は成長できないのです。

ワナビーを毛嫌いしてきたクリエイターや実務家が、自分の会社を経営するに当たって、ワナビーを愛せるようになるかどうかは心の持ちようの問題です。これはまた形を変えながら、いろんな角度で方法論を書いていこうと思っていますが、もう1つあるのは、「ワナビーの質」という観点です。社員を疲弊させるだけのワナビーは害悪でしかありませんが、ワナビーには会社をよくする良いワナビーがあるのです。

良いワナビーにするためのポイント1つは「自分だけでは実現出来ない夢を掲げる」ことです。自分だけでは出来ないけど、みんなが実現したい夢を掲げることで、仲間が集まります。実務力が高いとつい実現性を先に考えてしまいますが、実現方法は、人任せはダメですが、みんなで考えるくらいに思っておくのです。リーダーこそ、いざというときは俺がボールを蹴ってゴールを決めるぜという資質の人であるべきですが。

もう1つは「夢を人に伝えまくる習慣を持つこと」です。ちょっとうるさいけれども、自分の夢に誰が反応するかは思った以上に事前予測が難しいです。なので、とにかく誰構わず言うという社長が多いです。言わないと人には伝わらないし、伝えて初めて同志が出来るのです。そして、その習慣を奏功させるには、当然日頃から多くの人に出会わなければなりません。厳密にいえば、リーチを増やせばいいので、ネットで発信してもよいのですが、リーチさせることが前提です。実務肌の人こそ、責任感のバリアーをちょっと抑える必要がありますね。

あと、「自分に正直になる」ということです。人に合わせたり、現実を見たりすることは大事ですが、自分を押し殺してはいけない。最初から自分を押し殺そうと思っている人なんてそうはいませんが、人に合わせたり、現実を見たりする日々の生活の中で、自分の本心はどうしても抑えられてしまいます。それを遠慮なく解放する余裕を持つ必要があるのです。ワナビー全開な自分って、ちょっと恥ずかしいなって思っちゃいますしね。気持ちは簡単には切り替えられないですが、まずは、ワナビー全開な人を恥ずかしいと思わないことです。むしろ、この人素晴らしいんじゃないかって羨むことが第一歩なんじゃないかと思います。

結局、「ロマンとそろばん」の両極思考なのだと思います。あるときから、どっち方向にもMAXに振り切れるってことが大事だと考えるようになりました。ワナビーに振り回されるのも大変ですが、ワナビーするのも意外と大変なのです。何か大きな夢を成し遂げたいなら、ワナビーから逃げていけないよ、というお話でした。

他の記事も読む